つくばセンタービル
1983年,茨城県つくば市,磯崎新,現存(撮影:1983年)
作者の説明に従えば、国家的施設が暗に求めるシンボル性を慎重に排除すべく、虚構としての都市空間が計画された。
切り拓かれた平地にわざわざ人工的なボイド空間すなわち西欧的な広場が設けられたのだが、よく知られたカンピドリオの丘の広場の引用である。オリジナルでは盛り上がって騎士像があるはずの中心部分がここでは最も低い窪みとなって水が流れ込むような反転操作がなされた。また、人車分離の機構としての近代都市のアイデアたるペデストリアン・デッキが歩行者だけのために巡らされた。
これらを取り囲んで無数の西欧の歴史様式的アイコンが引用され、変形操作された記号として堆積物をなす。ルドゥ、立方体フレーム、その他西欧の歴史様式的アイコンが無数に散りばめられ、また記憶するところ忍者屋敷的あるいは視覚トリック的状況で満たされている。全体的にはジュリオ・ロマーノ的崩壊感覚が主調をなしているように思われ、廃墟としての姿も提示された。
こうして国家が求める「日本的なる」部分は排除されたはずであった。しかしながら作者いわく、変形操作されたはずのカンピドリオ広場は、まさにロラン・バルトが皇居に見出した「空虚な中心」そのものであり、はからずも意図せざる「日本的なるもの」が現出してしまった、そう指摘されたことを吐露している。
ヒルポートホテル
1982年,東京都渋谷区,原広司,非現存(撮影:1982年)
学生時代を思い出せば、最初の建築史の講義が始まる前は結構ワクワクしたのだった。なにせフランス帰りのM氏が我が大学で初めて教鞭を執ることになり、(当時はボロクソに言われていた)我々同期がよりによって初の講義を聴く栄誉に浴したのだったから。M先生はセーターを肩に引っ掛け颯爽と教室に現れ、皆を唖然とさせつつ講義をこなしたかと思えば、午後は都内で見学会をするとの予定を軽く告げた。そんな豪華な一日が週に一度は巡ってきた。
竣工直後の原広司のホテルに立ち寄ったのも、そうした授業延長の見学会の時のこと。建物はとっくに無いらしい。
世界の集落調査を行なった原は、東京都心のホテルをどう捉えたのであろうか。左右対称でごく控えめな屋根形部分を持つファサードは、おそらく共同体を秩序付けるシンボルとして適用されたと思われる。内部においては、都市が入れ子状に埋め込まれたか、虚構の世界へと誘われる雰囲気だ。
都市という、均質で事実上秩序付けから放り出され隔絶された個人が行き交う場に、集落空間の構造を適用するということは、そこに予定調和的ではない未知の世界を現出するジェネレーターのような役割を与えているのかも知れない。ひとつの成果は、その後の発展形として名高い京都駅駅ビルに示されることになったように思われる。例えば、そのいまだかつて無い場を真夜中に訪れた際に思いがけず感じた、闇に潜む男女の群れと共有した自由な空気などとして・・・。
大橋眼科医院
1982年,東京都足立区,現存(撮影:1991年)
レトロな町並みから(2)
撮影したのはずいぶんと以前だが、私は今の今まで奇麗に保存された古い洋館だと思いこんでいた。無知とはこわいもの。
調べたところ、建物を継いだ持ち主自らが長年かけて都内で取壊しの憂き目に合った古い建物のパーツを収集しており、1917年築の先代建物を建て替えるにあたって、多数の古い建築部材をもって洋館のたたずまいを再構成したのがこの建物。完成したのは1982年というから驚きだ。
適応のさせ方はちょっと異なるが、それでも、まるでジョン・ソーン自邸(現・ジョン・ソーン博物館)の日本版かとの思いが強くよぎる。立派なもののようである。
とっくに喪失されたはずの知られた建物の一部とも、ここで出会えるのだろうか。
芝浦工業大学第二体育館
1986年,埼玉県さいたま市,藤井博巳,現存(撮影:2009年)
四角形の立体を4分割し、その際に生じる各象限のL型壁面を幾重にも重層させる。打ち放しコンクリートの面は外壁に見立てられ、内外が反転して露わになった内部の壁面はグレーとなる。
重なり合う壁面に見られるフレームは変移を繰り返し、行き着く内部の壁面では、透明なグリッド格子の中にフレームがそそり立っている。つまり壁と開口の空隙の関係も反転する。こうしたフレームの類は一般的な意味での「図像」ではなく、変形操作により重層した「痕跡」のプロセスとして、私達はそこを迷路をさまようが如く体験する。
このように繰り返し行われてきた藤井による意味の生産の試行では、見る主体の想像力の復権と自由とがテーマとして常に意識されている。モノから何を汲み取るのかはそれぞれの見る主体の自由の内にあり、他人が脇から邪魔することは許されない。だから作者も建築の意味内容を説明するなどあり得るはずは無く、作者という一人称が「非在」とされた上で、意味するもののオートマティックな操作がなされ、その痕跡がそこにあるだけであった。それで十分なのだ。
また、藤井が目指しているモノとの本来のコミュニケーションでは、無意識の領域が念頭に置かれている。意識的な「解釈」に終始するのとは逆の流れである。迷路の深淵をさ迷うが勝ち。
こうした試行を展開するそもそもの背景には、近代という引き裂かれた位置に置かれた主体のありかたへの懐疑に始まり、中心を喪失した「神なき時代の」主体のあり方、すなわち脱・構築の問いが根底にある。
'80年代、藤井にとっての方法は、建築が(ポストモダン的)悪しき意味での「意味」に溢れた図像の集積となることを慎重に避けつつ、むしろ幾何学的関係性や統辞的な方向性に、モノとのコミュニケーションの可能性を見出そうとしていたのではないか。
進修館
1980年,埼玉県南埼玉郡宮代町,TeamZoo 象設計集団,現存(撮影:1981年)
都市近郊のミニ開発住宅地とも小農家の点在する農地ともつかないありふれた風景。以前の私はこの沿線に住み電車通学し、車窓の光景に飽き飽きしていたのだが、この地域コミュニティーセンターに行き新鮮な気持ちを取り戻した。同時に、初めて建築家の仕事を見た思いで、微妙に反省・・。
特異な姿が目を惹くけれども、どこからでも近寄れて、居心地の良い場所が見つけられる。強い形態が完結することもなく重なり合う。こうした打ち放しコンクリートの物体が与えられれば、あとは無数の空間の襞に対して、やって来る我々の発見が待ち受けられるだけ、とでも表現しようか。
こういう場所は、感性豊かな若者にはすぐに見つかってしまう。最近はコスプレのメッカだとか。併設されていた議場の尖がった椅子には、長い髭を生やした偉い議員さんが座ったら似合ったかも。
しかし、その地域だけの特性を見つけ出し、形を得て、場を作り出すことは、私がこうして気楽に言うほど簡単なことではないはず。地域に溶け込んだ地道な営みの中では、設計に参加する人の生き様も反映する。見下ろすような建築家の視線では、見えるものが見えなくなる。また一方で、専門的な力も周到に発揮しなければならない。
こうして出来た「生きた建築」は、喩えて言うだけではなく、文字通り葡萄の蔦の成長で変貌し、さらに最近では、半円だった中庭が円形に成長したとのこと。
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- 収蔵庫・壱號館
- ここは本家サイト《分離派建築博物館》背 後の画像収蔵庫という位置づけです。 上記サイトで扱う1920年代以外の建物、随 時撮り歩いた建築写真をどんどん載せつつ マニアックなアプローチで迫ります。歴史 レポートコピペ用には全く不向き要注意。 あるいは、日々住宅設計に勤しむサラリー マン設計士の雑念の堆積物とも。
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