収蔵庫・壱號館

日本の20世紀をメインとした建築画像の保管庫
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第一生命館(現・DNタワー21)
          
1938年,東京都千代田区,渡辺仁,松本與作,現存(撮影:(左上)1982年,(その他)2008年)

 当ブログでは、あまり有名な建物を取り上げることは避けて隙間狙いで画像を掲載しようと思っていたのだが、なかなか、そう、うまくはいかない。良く知られた建物ほど、なぜか大切なところを見過ごしがちで、後になって基本的なことに色々気付くことが多い自分にとっては、こうしてブログに記録することがそれなりに勉強になっているのかも知れない。

 DNタワー21として再生した現在、この建物のデザインの巧みさに改めて感心した。終戦後はGHQの総指令部が置かれた歴史、建設にあたっても潜函工法(コンクリートの潜函体を支持地盤まで沈める地業工事)で画期をなしたことで知られるが、デザインも並大抵の業ではない。
 正面の列柱の足元に立つと、超然とそそり立つ白いシンプルな角柱と切り刻まれつつ降り注ぐ光の反復が、盲目的なまでに偉大な何かを指向させるような雰囲気を出している。
 スケール感をかく乱させるような威容を効果的に表現する鍵は、どうもディテールにあるようだ。古典主義建築の柱頭部に相当する部分はほとんど見えない位に微小なものとされ、装飾要素が排除されたシンプルさにも関わらず外装石材の割付目地だけが厳格な規則性を保っている。見過ごしてしまう位に様式建築性が極小化されると、逆に稲田石の硬質さや重量感、人を疎外するようなスケール感が浮き立つ。さらにエントランス付近では床も壁も一様な石貼りで、部位ごとの「分節」を消し去ろうとする意図は、普通の人間スケールの感覚や安定感をかく乱し、モニュメンタルなものへの依存心理に引きずり込もうとしているかのようだ。しかも、そこにはアール・デコ調の建具の格子模様が、新時代の希望を強調するが如く添えられている。
 やはり設計者は、時代の空気に呼応したデザインの巧者であったことは間違いないようだ。だからドイツ第三帝国様式的のようにも言われているが、イタリアEURの建物あるいはその統括者ピアチェンティーニの建物のようにも見える。しかしいずれにしても、これが建つ日本には、西欧のような古典主義的伝統の遺伝子は根付いてはいなかった。
            
| 1930年− | 10:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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