収蔵庫・壱號館

日本の20世紀をメインとした建築画像の保管庫
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韮山反射炉
                
1857年,静岡県伊豆の国市,江川太郎左衛門,現存(撮影:1981年)

 どんどん時を遡り、日本の近代技術導入の発端を目指すと、例えば軍事関連の遺構に行き当る。幕末期の大砲製造のための施設の一部として、また、入手困難だった西洋の技術を試行錯誤をもって導入した貴重な証しとして韮山の反射炉が残る。
 「反射炉」とは、炎熱を炉に反射,集中させて高温を作り出す炉を意味する。鄙びた美しい質感の耐火煉瓦も、その目的で開発された結果としての風合いなのだろうか。ここで製造された大砲は品川の台場に配備されたそうだ。



 さらに調べると、明治期には既に放置されていた反射炉に対して、日露戦争終結の1905年頃に保存を求める機運が高まり、1909年には保存措置が完了したことが分かった。ある意味で最初期の保存運動の成果なのかも知れないのだが、恐らく保存を求める目的は自国の栄誉と戦意の高揚辺りにあったのではなかろうか。
 煉瓦の壁体に鉄骨の補強が廻されたのもこの頃のころらしい。また、見えにくいかもしれないが、画像にあるように鉄柵が周囲に巡らされており、それは日露戦争の戦利品であったロシアの銃身であった。保存整備ひとつとってみても、その発想にも時代を感じさせるものがあるようだ。
| −1899年 | 21:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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