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検見川送信所シンポジウム@さや堂

     

 2月14日、千葉市美術館講堂で行われたシンポジウムは、「指定文化財」か「登録文化財」かを論点として展開され、こうしたテーマに、あるいは奇異に感じられた方も多かったかも知れない。ただ、こうなったことには、ちょっとしたいきさつがある。
 千葉建築家協会では、昨年7月に、検見川送信所を「千葉市指定文化財」に指定することを千葉市に要望し、書面を提出していた。意図とするところは、所有する市が責任をもって建物の保存、活用に最大限の努力を払うことにあり、この唯一無二の貴重な建物については、安易に流され、気付いた時には残らないに等しいような、うわべだけの保存に行き着いてしまうことだけは絶対に避けなければならない、との考えに基づくのだった。もちろん、建物は十分生かして後世に伝える前提の上でのことである。
 しかし、その後の経過では、案の定、市としての、ほとんどどうにでも融通が利く国登録文化財への登録で済ませたいとする考え方が漏れ伝わる。千葉市指定文化財に指定したら「釘1本さえ打てなくなる」という理屈らしい。
 そこで、このシンポジウムの場で識者の見解を仰ぐことになった。ただ、答えは明らかで、元文化庁主任文化財調査官であった堀勇良氏によれば、国指定の文化財ですら建物に「釘1本打てない」などナンセンスな話というか、ありえない。そのような捉えられ方自体「心外」と、あっさり斬り捨てる。所定の手続きを踏めば、迅速な建物の修理なども可能とのこと。

 問題の本質は、きちんとした調査を行い、様々な面からの検討を尽くした上で将来に伝えるために、広い敷地全体を視野に入れた計画を入念に立て遂行する、そうした保存活用主体の自覚の醸成に尽きるようだ。この日は同時に、地域住民レベルでのコンセンサス形成も、まだまだこれからの段階であることも浮き彫りとなった。(もしこれらが達成されるならば、「文化財がどうの」という議論が、むしろどうでも良いことは、実は、皆、承知している。)
 ちなみに他方、国指定重文に値する吉田鉄郎の代表作ですら、所有者の姿勢次第であっさり壊されてしまう昨今なのだ。
 シンポには聴衆として、DOCOMOMO Japanから兼松幹事長も参加、送信所がDOCOMOMO選選定に至った件に触れる中で、日本唯一の、モダニズム建築としての送信所を宝物とし、「どんなことがあっても守っていく」というベース、確固たる基本姿勢の必要性を強く訴えた。

 
 ところで、私はシンポジウム当日の午前中、送信所に立ち寄った。外装仕上げのモルタルの剥落が進んでいるように感じた。しかし、この洗い出し仕上げの微妙な曲面は、送信所の命でもあり、一度失ったら、まず再現は不可能であろう。現在は、浮いたモルタルの剥落を食い止める様々な技術も開発されており、早急かつ適切な対処が必要であろうと感じた。また裏を返して言えば、対処さえすれば建物の保護と同時に、人への危険性も抑えられるということ。仮にこの先「立ち入り禁止」の看板を作る予算が行政サイドにあるのなら、その前に考えて欲しいところ。
 立ち寄ったもうひとつの目的は、コーナーのアール形状を実測するためだった。ある吉田鉄郎研究家によるならば、タイル貼りの建物の役物タイルのかどの先端の形にまで、吉田は細かくこだわっていたとのこと。そうした話を聞いた折、「水かきのような」との形容の仕方に、私はどういうことだか分からず、少なくとも真円ではないようなら、例えばパラボラ形なのか?などとも想像したりした。そんな疑問を払拭する手掛かりを得るために、また送信所のコーナーについても特殊なアールが指示されていた可能性を感じたため、建物を傷めずに数箇所のアール形状を採取することを思い立った。
 曲面を計測するための写真のような手製の器具は、主に100均で揃えた材料による。(竹串,ストロー)。この器具のヒントは、もちろん昨年の村野藤吾展。そこで展示されていた、村野がスタディした粘土模型を測るために所員が作った道具である。
 測定結果のお伝えは、まだ先になりそう。

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コメント
この建物の保存、利活用については、100年後の人々が最終的に評価するのだと思います。

兼松さんがおっしゃった「どんなことがあっても守っていく」という姿勢は大事だと思います。

その後の文章でkikuchiさんがご指摘されている部分の問題の大きさは、僕も十分に認識しているつもりです。最後に大事なのは信念があるかどうかだと思います。

人々から忘れられた、この建物に、少なくとも30年分の光を当ててあげたいと、僕は考えています。
| 久住コウ | 2009/02/22 2:24 AM |
 私も同感ですね。肝心なのは守り伝える信念でしょう。でも、「言うは易し、行うは・・・」と言われるように、これからは、一歩一歩粘り強く現実に対処することが必要になってくるかな。
 このシンポジウムでは、様々な提言がありました。私がここにUPした内容は、ごく一部に過ぎないです。例えば、久住さんのブログで取り上げた、施工技術的価値の発見は重要ですよね。今回の各パネリストの方の発言をきちんと整理して、検討する必要がありそうですね。
| Kikuchi | 2009/02/22 11:52 AM |
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検見川送信所シンポジウム@さや堂
少し遅くなりましたが、14日に行われた検見川送信所シンポジウム@さや堂の続報です
| モレスキンとめぐる冒険 | 2009/02/22 2:42 PM |
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