収蔵庫・壱號館

日本の20世紀をメインとした建築画像の保管庫
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宮島邸

                      
1973年,東京都新宿区,藤井博巳,現存(撮影:1982年)

 建築家がその思索をより忠実により純粋に、地上の現実の中に形として表出すればするほど、傷跡にまみれる悲しみも覚悟しなければならないのだろう。そうした末の画像を人目に晒して良いものかと随分と迷ったが、しかし先刻承知の上で敢行した稀有で孤独な戦いの実例こそ、本当は長く記憶に留められるべきなのかもしれない。
そう思いつつ批判を承知で掲載してしまった。あとは皆様のご賢察に頼るのみ。
 宮島邸は、当初金属凸目地グリッドで覆われ、鈍い光を発する硬質なイメージの建築であったが、その目地の多くは数年にして失われた。(等々力邸では、折版が載ってしまった。)

 藤井の建築は、見慣れた意味を消去する作業(これを建築の「負性化」と呼んだ)から始まり、宮島邸は特に世に知られた最初の実施例となった。ドアはドア、屋根は屋根などという、ありきたりの意味を了解する日常の鬱陶しさを消去せんがために、そこで、建物はくまなく45僖哀螢奪匹量榁呂琶いた圓されることになった訳だ。
 目にした瞬間、慣れ親しんだ意味の世界から断絶され、モノが背を向け自分自身との間に空洞が広がり、意識の撹乱に襲われる。これに似た感覚は、例えば「迷路」や「廃墟」に遭遇した時とも似ている。
 しかし、ある意味で新鮮なこの感覚を得た時こそ、想像力の翼を主体的に発揮し得る場に開放されたことになる。



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 2011年2月、建て替えられるとの情報を得たのであわてて見納めに行った。下はそのうちの2枚。
外部のグリッドはほとんど無くなっていたが、それでもこの地球上で2度とお目にかかれないであろう凄まじい建物であることに変わりない。

       

| 1970年− | 23:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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