収蔵庫・壱號館

日本の20世紀をメインとした建築画像の保管庫
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芝浦工業大学第二体育館

     
1986年,埼玉県さいたま市,藤井博巳,現存(撮影:2009年)

 四角形の立体を4分割し、その際に生じる各象限のL型壁面を幾重にも重層させる。打ち放しコンクリートの面は外壁に見立てられ、内外が反転して露わになった内部の壁面はグレーとなる。
 重なり合う壁面に見られるフレームは変移を繰り返し、行き着く内部の壁面では、透明なグリッド格子の中にフレームがそそり立っている。つまり壁と開口の空隙の関係も反転する。こうしたフレームの類は一般的な意味での「図像」ではなく、変形操作により重層した「痕跡」のプロセスとして、私達はそこを迷路をさまようが如く体験する。

 このように繰り返し行われてきた藤井による意味の生産の試行では、見る主体の想像力の復権と自由とがテーマとして常に意識されている。モノから何を汲み取るのかはそれぞれの見る主体の自由の内にあり、他人が脇から邪魔することは許されない。だから作者も建築の意味内容を説明するなどあり得るはずは無く、作者という一人称が「非在」とされた上で、意味するもののオートマティックな操作がなされ、その痕跡がそこにあるだけであった。それで十分なのだ。
 また、藤井が目指しているモノとの本来のコミュニケーションでは、無意識の領域が念頭に置かれている。意識的な「解釈」に終始するのとは逆の流れである。迷路の深淵をさ迷うが勝ち。
 こうした試行を展開するそもそもの背景には、近代という引き裂かれた位置に置かれた主体のありかたへの懐疑に始まり、中心を喪失した「神なき時代の」主体のあり方、すなわち脱・構築の問いが根底にある。
 '80年代、藤井にとっての方法は、建築が(ポストモダン的)悪しき意味での「意味」に溢れた図像の集積となることを慎重に避けつつ、むしろ幾何学的関係性や統辞的な方向性に、モノとのコミュニケーションの可能性を見出そうとしていたのではないか。
        

| 1980年− | 23:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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