収蔵庫・壱號館

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【記録】検見川送信所内部視察記(1)
   
 10月30日、かねてより要望されていた検見川送信所(設計:吉田鉄郎,竣工:1926年)の内部見学が、熊谷俊人千葉市長による内部視察という形で実現した。普段は、防犯上の理由から鉄板で開口部が封鎖されており内部に入ることは出来ないが、昨年末に一部の専門家による内部見学が実施されて以来2度目の鉄板外し(画像左上)となった。
 熊谷市長は、既に議員時代から「検見川送信所を知る会」のイベントにまめに参加され、もとより保存と利活用には強い関心を示されていた。そして今年の選挙を経て市長就任し、今回は市長という重い立場で改めて送信所建物の保存と利活用を明言しつつ視察する運びとなった。視察直後、「聞いていたのと実際見るのとでは大違い」との率直な感想が示され、また内部から見て老朽化はさほどではなくしっかりしていること、内部空間はまとまった広さを持ち壁などをあまりいじらずに利活用が可能ではないか、などの感想が披露された。
 なお、当日の詳しい内容は「検見川送信所を知る会」サイト−(終了イベント)に、市長へのインタビューについては同サイト−(ニュース)に、また翌日の新聞各紙にも大きく取り上げられており各記事が同サイト−(メディア・レポート)にまとめられている。関心お持ちの方は参照されたい。
                             ***
 「知る会」のメンバーの私も当然、送信所内部を見学するのは、初めてである。以下、内部の画像を紹介しつつ私の思ったことなどを記しておきたい。

 右は、2階の中廊下、突き当たりは送信機機械室で、当初は2層吹抜けの大空間であった。放物線状のアーチが見られるが、ちょうど部門の境目に設けられていたのだろうか。
間仕切り壁は木製ではなく、すべてコンクリート(或いは一部煉瓦か?)のようであった。ひび割れなどは見られず、老朽化の様子は感じられない。ただ表面の塗装が剥がれている位か。

 中廊下を挟んで各室が配置されている。入口のどれもが、左の画像のように扉上部には欄間があり、さらに左右にガラス入りの回転窓が付いている。私は、ここにも吉田鉄郎らしさを直感した。
 暗くなりがちな中廊下に、各室を通した光を呼び込むため、わざわざこうした仕掛けが作られたのだろう。東京や大阪の中央郵便局の外壁一面の大窓に至る発想の種子が、この窓だらけの扉なのかも知れない。

 右画像は1階トイレの窓。とても繊細な造りの放物線形の窓。左の窓には細い組子が残っている。右の窓にも同様の放物線形組子が付いていたはずだ。是非ともきちんと復原されねばならない。






 どの部屋の天井も、左の画像のように、コンクリートスラブ(床板)と梁とが現わされている。機械空調が行なわれ配管を吊天井の裏に隠すようになる時代以前の建物は、このように、梁もきれいにデザインされていた。躯体そのものによる空間の美しさが体感できる。もちろん傷みは見られない。
 特に梁とスラブは曲面により滑らかに一体化されている辺りの特徴は、他に東京中央電信局(山田守,非現存)、や旧・下関電話分室(逓信省,現存)の階段室など逓信省の建物にも見られる。

(つづく)
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検見川送信所内部視察記が『収蔵庫・壱號館』に
via:【記録】検見川送信所内部視察記(1)-収蔵庫・壱號館- http://20thkenchiku.jugem.jp/?eid=207 吉田鉄郎設計の検見川送信所の内部視察の模様がブログ『収蔵庫・壱號館』で公開されています。
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