収蔵庫・壱號館

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ロート製薬本社
 
1959年(本社工場),大阪市生野区,日建設計,現存(撮影:2010年)
 
 驚くなかれ。ちょっとひと息、ここらで脱線のつもり。ここはお定まりの近代建築紹介にあらず。
 とにかく誰でも知っている戦前様式建築が「国会議事堂」だとすれば、戦後モダニズム路線で事実上最も有名な建物となると、丹下健三でもなく黒川紀章の建物でもなく、実はこれなのではないか、とふと思ったことがある。ただそれだけの理由で、つい先日、所用で大阪に赴いた際に立ち寄った。



 最初の実写版オープニングキャッチの力は、絶大だった。少なくとも私は「ロート製薬ーー!! ♪」ときたら「巨泉のクイズダ〜ビ〜」と思い出す。(否、もっと古い番組も見ていたが)たぶん私だけでなく大方の建築にこれっぽっちの関心さえ無い人でも鳩が舞う白亜の建物風景を、なんとなくイメージできるのではないだろうか。しかも結構純粋なモダニズムの建築だったのだなぁ、とは最近になって感じたこと。
 行ってみると、TVメディアの中で生きてきた建築の地上の現実は、やはり、当初の純粋無垢と言っても良いようなイメージから移り変わった、増築の繰り返しによる新旧混合体としてそこにあった。上の画像は本社工場を敷地の外から眺めた写真なのだが、しかし、改装されようともあのオープニングキャッチで見たイメージに似た搭状の部分が見えただけで、恥ずかしながら感激してしまった。あ〜あ。田舎から花の都東京に出てきてTVでしか見たことの無かった有名な風景とか俳優を間近で肉眼で見たようなものか。こういうミーハーが世の中にはいる。

 そういうことだけではなく、実際行って良かった。広い敷地を眺めると、あのオープニングキャッチの映像以降に建てられたらしい、どうも工場には似つかわしくないアーチ形シェルの建物に出喰わしたり、ドミノそのままの建物があったりで、こんなにもやりたい放題だったのか、と知ることができたからである。
 右の2枚は、隣接する巽公園から撮った写真。どうも有名な話らしいが、これは、元社長の山田輝郎氏が、東京オリンピックの水泳の成績不振を嘆いてその強化のために1965年に敷地の中に開設した「山田スイミングクラブ」の建物であるとのこと。

 一番下の写真が、ドミノそのもの建物。バリエーションに富む建物が増設された時期のもの。
 夢と野望に燃えた1950〜60年代の設計者魂が垣間見えるが、別の言い方をすれば純粋でひたむきだった時代を物語っているようでもある。そして、その純粋さとテレビで見た建物自身の純正さがダブってくる。
 そのようなわけで、これらが名建築であるかどうかは脇に置いておくとしても、私個人的には、いたく感動した。

 
 (それで、まさか無いとは思うけど、念には念を。建築の学生さんは、間違ってもこのような私の戯言をレポート課題のネタにされぬように。無謀です。大体バレますし。)
| 1950年− | 22:49 | comments(1) | trackbacks(1) | pookmark |
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| - | 22:49 | - | - | pookmark |
コメント
こんばんは。

ロート製薬の建物はとても興味深かったです。
まさか大阪市内にこのような建物があったとは!
勝手に記事にリンクも貼らせて頂きましたが、うちのブログへも早速コメント頂き、ありがとうございました。
ブログは時々拝見させて頂いておりますので、今後もよろしくお願い致します。
| ひろ009 | 2010/01/26 12:05 AM |
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ロート製薬・本社工場(生野区)
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