収蔵庫・壱號館

日本の20世紀をメインとした建築画像の保管庫
<< 明治生命館 | main | 敷島浄水場配水塔 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |
大阪市中央公会堂
 
1918年,大阪市北区,岡田信一郎(原案),辰野金吾・片岡安(実施設計),現存(撮影:2010年)

 岡田作品が続いたので、出世作ともいえる大阪中之島の公会堂も挙げずにはいられなくなった。
 この建物は1912(明治45)年に指名コンペが行なわれ、参加者による互選という後にも先にも殆ど例をみない審査方法によって、最年少参加者であった岡田信一郎の案が満場一致で1等案に決した。しかし、建築顧問の辰野金吾による事前の採点と互選の結果とは、3等まで一致していたとのこと、大御所辰野は大得意顔だったという(*1)。公正さについてはやはり当時のこと、内情推して知るべしか。それよりも、辰野式を思わせる煉瓦と石材による賑々しい外観を提出した若き岡田のコンペ戦略こそ褒めるべきなのか・・・。
 岡田の1等案では、軒蛇腹のレベルを変化させあるいは窓の大きさを適宜変化させるなど細かい工夫が凝らされていたのだが、それらについては大御所辰野金吾の気に沿わず、現在見られるような変化を抑えたどっしりとした外観に変更された。ここに、古き「明治」と新しき「大正」の相克が垣間見える。

                              

 岡田は様式建築の名手と言われるようにその熟達ぶりは周知の事実だが、しかし単に旧習としての様式建築だけに没頭する建築家として片付けられない存在でもある。
 岡田は、明治末期から大正期にかけて、西欧の近代主義的動向を「新建築」と称して日本に紹介しており、その拠り所はウィーン・ゼツェッションの動向であり、とりわけオットー・ワグナーからの影響が大だった。例えば、1914(大正3)年の「新建築の意義」(『建築雑誌』331号)(*2)に講演録がまとめられ、その内容は、科学の進歩(これは思潮の変化と同調する)、建築目的の変化、材料の変化などに基づく合理的な建築を目指すよう呼びかけるものであった。特に「構造学」の研究を期待していた点は、後藤慶二への評価にもつながったであろうか。

 また、1920(大正9)年に結成された「分離派建築会」の第1回作品展に対しては、鋭い批評を加えつつ彼らの意気込みに対して激励の言葉を贈った。岡田による分離派会員らへの主な指摘を挙げてみると、構造の軽視、旧来通り立面のイメージ偏重でありプランニングの改革を目指していないことへの批判、声高な割には前衛性がそれほどでもないこと(イタリア未来派と比較して)、など(*3)。要するに岡田からすれば、日本の「分離派」は「分離」などしていないに等しいのだった。西欧の先進事情に通じた岡田の一面が、ここにも窺える。

                              

 明治末期頃からのゼツェッションに対する日本人の歓迎ムードは、西欧から遠く離れ必然性を欠いた土壌で自由に表面的な移入を行なう姿勢となって表面化していた。岡田はそうした受容姿勢を批判し、従って岡田自身も、安易な流行を追うが如き作品づくりには慎重であったはず。まずは日本の事情に即した合理的建築の根本的な模索を必要としていたようなのである。
 そのようなわけで、岡田の作品の古典的ヴェールの裏で、実は彼が目指した「新建築」は、建築全体を支える材料や構造形式などをはじめとした技術的な工夫として秘められているのでは、と想定してみる。この先、少しでも裏付けられれば嬉しいのだが・・・。

         *1:『建築設計競技−コンペティションの系譜と展望』(近江榮,S61)
         *2:「近代建築ホームページ」−月刊岡田信一郎(増刊号9)へのリンク
         *3:「分離派建築会の展覧会を観て」(岡田信一郎,『建築雑誌』406号,T9.9)
| 1910年− | 20:43 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 20:43 | - | - | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://20thkenchiku.jugem.jp/trackback/248
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
叢書・近代日本のデザイン 25 [大正篇]
叢書・近代日本のデザイン 25 [大正篇] (JUGEMレビュー »)
分離派建築会,関西分離派建築会
「分離派建築会」作品集3刊の、初の復刻本が刊行されました。末尾の解説文は私が担当しました。
収蔵庫・壱號館
ここは本家サイト《分離派建築博物館》背 後の画像収蔵庫という位置づけです。 上記サイトで扱う1920年代以外の建物、随 時撮り歩いた建築写真をどんどん載せつつ マニアックなアプローチで迫ります。歴史 レポートコピペ用には全く不向き要注意。 あるいは、日々住宅設計に勤しむサラリー マン設計士の雑念の堆積物とも。
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
モバイル
qrcode
LINKS
PROFILE