法政大学55年館/58年館
1955,1958年,東京都千代田区,大江宏,現存(撮影:2010年)
大江宏と言えば、日光東照宮の修復や明治神宮宝物殿などで知られた大江新太郎の息子。そのデビュー作がこの法政大学の校舎であり、法政大学大学院(53年館)(非現存)に続いてこれら55年館と58年館が建てられた。正面に向って右側が55年館、中央のピロティを含む左側の部分が58年館であることは調べてみて知った。しかし、施工時期こそ分けられたものの殆ど一つの建物に見える。
第二次大戦後の泥沼からの立ち直りを期すべく建物の建設がにわかに活気付いた1950年代の建物だけあって、モダニズムを謳歌したファサードいっぱいのガラスカーテンウォールが清々しい。そして(誰でも大なり小なり影響を受けたとされる)コルビュジエ的な要素までも、建築家それぞれのやり方で咀嚼する喜びのようなものが垣間見える。例えば、ブルータルな扱いとしての打ち放しコンクリートや色ガラスなどとして。
その一方で、白いガラスの部分は和紙を貼った日本の障子戸を表象しているようで今日的な目で見ると新鮮なのだが、この類例は他にもあった。すなわち6階建だった頃の東京駅旧八重洲口。
*
さて、当時の大江宏の建築姿勢についてもっと知ろうとしたら、崔康勲氏の詳しい研究があることを知った。完全な理解はおぼつかないまでも、以下、少しがんばってひも解いてみる(*1)。
法政大の設計を終えた大江は、堀口捨己が設計した「サンパウロ日本館」の監理を依頼され、1954(昭和29)年に約半年間日本を離れている。この堀口の建物は寝殿造りに基づいた日本の伝統美を堪能させてくれる木造建築であった。しかし、これに対して池辺陽は、社会から隔離された芸術だとの批判を発し、ここにもひとつの「伝統論争」が着火した。この論争は縄文―弥生の論議で知られた丹下健三だけではなく、彼と同期生であった大江宏にも別の形で問いが投げかれられた格好となった。
日本の伝統建築理解の第一人者であった堀口は、同時に分離派時代から日本建築に近代精神を表現することにも長じていた・・・と誰しも思いたいところであったのだが、(勿論第一人者は間違いないが)実際戦後の日本社会の置かれた状況を勘案していたかと言えばそうとも言い切れない面も見え隠れし、伝統に付きまとう「忌まわしき」部分について問題にされざるを得ないようなのであった。
これを看取した大江自身の結論は、日本の伝統建築にこびりついた言わば因襲めいた部分に目を覆うことなく、むしろ濾過を行なう過程、「エッセンシャルなイメージを鋭く展開させる」(*2)ことを含めて創造的な行為とみなすのだった。
大江はサンパウロの現場を終えヨーロッパなどを巡り帰国すると、着工を控えていた58年館に設計変更を加えた。そこでは学生ホール空間を改良すべく、京都南禅寺の座禅堂から抽出した日本の伝統的な要素との折衷を行なったことが、後に回想されている。純粋に合理性を旨とする近代建築の教義に従うだけでは大学というコミュニティは到底達成されないとすることを既に見抜き、そのことへの危惧が動機となっていた。(*3)
そのような経過からすれば、この55,58年館は、既に近代主義への反省的な思考を建築姿勢として固めた建築家大江宏の原点なのかも知れない。恐らく、後の角館伝承館(1978(昭和53)年),国立能楽堂(1983(昭和58)年)など伝統的要素との折衷を試みた多くの作品とも、一本の道筋でつながっているのであろう。
*
もちろんそうした経緯を知ろうが知るまいが、大内兵衛をはじめとした戦後の大学再建へ向けられた力の結実であるこれら校舎が、大学のアイデンティティーを決定する存在であろうことは、門外漢の私でも一度行ってみれば直感できる。ずっと存在使われ続けて欲しい建物である。
*1:『「サンパウロ日本館」をめぐる「論争」の意味 建築家・大江宏の言説に関する方法論的研究』(崔康勲 日本建築学会計画系論文集 2002)
*2:『古典の創造的昇華』(大江宏 「建築文化」,1956)
*3:『「法政大学への遺言」における「建築」の意味』(崔康勲 日本建築学会計画系論文集 2004)
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- 法政大学55年館/58年館 (09/25)
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