収蔵庫・壱號館

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行徳可動堰


1957年,千葉県市川市,建設省(当時),現存(撮影:2012年)

 江戸川放水路が開削されたのは大正8(1919)年のこと(現在ではこの放水路側を正式な江戸川としている)。この放水路側の分岐点に固定の堰が作られ治水が行われた。もう一方の旧江戸川側にも江戸川水閘門(1943年竣工)が作られ現在も現役である。

 戦後1947年に襲来したカスリーン台風の被害を教訓に流下能力を高めて河川の氾濫を防止し、また下流からの塩水の遡上を食い止めさらに江戸川水閘門と連動して水位を一定に調節し安定した取水を行う目的から、この可動堰が建設された。
 工事には1950(昭和25)年から1957(昭和32)年までの期間を要し、その開閉のしくみはローリングゲートと称される巨大なドラムが回転しながら上下するというものであった。通常は閉鎖した状態である。
 「清水建設二百年作品集」のサイトに竣工時の写真が掲載されていた。

 偶然かあるいは意図をもったデザインへの配慮があったのかは分からないものの、純粋で迫力ある造形の中に、かつてイタリア未来派が予言したイメージを見る思いがした。
 そして最近リニューアル工事が始まったようだが、どうなるのかちょっと心配な気もする。









| 1950年− | 19:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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