収蔵庫・壱號館

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旧・東京商船大学 第一,第二観測所

                                                                    
(↑第一観測所(赤道儀室))
1903年,東京都江東区,三橋四郎(推定),現存(撮影:2012年)

 ある休日、天気も良いし展覧会の帰りに東京海洋大学のキャンパスにある煉瓦造の旧天文観測所に寄ってみることにした。現存する天文台としては最古だそうで、関東大震災や戦災を経て生き延びた建物は見るからに頑丈で堂々としていた。終戦後にアメリカ軍に接収された際内部の施設は撤去されたと言われ、望遠鏡などの機器も既に失われている(*1)
 設計者は三橋四郎(1867―1915)と推定され、ちょうど三橋が逓信省技師であった時期に、当時逓信省の所管であった商船学校の施設として設計にあたったのではないかと考えられている。
 三橋四郎が著した『和洋改良大建築学』(1911)p.37にこの観測所の記述と基礎の図があるとのことなので、デジタルライブラリーで調べてみたところ、本当に載っていた。その部分を引用しておきたい。
「・・・東京越中島商船学校敷地ハ地質湿気多キ泥土ニシテ軟弱ナルヲ以テ可成震動セザル煉瓦造ノ観測台ヲ築造スルニ角材ヲ組合セコンクリートヲ打チ充分ノ根積ヲ為シタリ・・・」(傍線著者)
 基礎断面図にも角材の上にぶ厚い(寸法は5'と記され、つまり厚さ5尺(約1.5m)ということか)コンクリートの断面が記してあった。
   
 写真は上の3枚が第一観測所で「赤道儀室」とも呼ばれていた。赤道儀室とはどういうことなのか調べてみたところ、ごく簡単に言って、日周運動で動いてしまう天体を追尾しながら望遠鏡で観測することが可能な造りを指すらしく、恐らくここではドームの部分が回転することにより、そうした役目を果たす施設になり得ていたのだろう。

 下の2枚の写真は第二観測所「子午儀室」。こちらの施設では子午線方向(南北方向)にだけ向けられる望遠鏡によって天体が子午線を通過する瞬間を観測し子午線通過時刻や経度を割り出すことを目的としている。縦に長い特殊な形の開口部が、その観測窓であろうか。
   
(↑第二観測所(子午儀室))


*1:「東京海洋大学越中島キャンパスの西洋建築」(東京海洋大学財務部施設課 城山美香,文化庁月報H23.8 No.515)などを参照。




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