収蔵庫・壱號館

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早稲田松竹

1951年,東京都新宿区,設計不詳,現存(撮影:2012年)

 早稲田通りのこの映画館で名画に親しんだ思い出を持つ人は、少なくなかろう。調べてみると、「早稲田松竹」は松竹系の封切館として1951年に開館した。1975年には2本立ての名画座に転身し、さらに時を経て2002年には休館を余儀なくされた。しかし早大生を中心とする復活に向けた活動が実を結び再開、今日に至っているとのことである。さらに戦後昭和の薫りを放つ映画館建築としても、今や希少な存在となっている。

  

 建築物として歴史的に特別際立った建物というわけではないけれども、それでも1951(昭和26)年という戦後まだ間もない時期に、これだけのRC造の映画館が実現したこと自体、ちょっと不思議だとも思うし、それなりの評価があってよいのかもしれないとも思う。
 半円筒状の連続ヴォールト屋根がポイントになったちょっと洒脱なデザイン、これは戦後の新しい息吹を感じさせるものだったであろう。構造的な意味で円筒シェルの先駆けなのかは分からないけれど、見掛けはそれに近い感じもする。
 日本が混乱と窮乏から抜け出せずにいた終戦後の時代にあっても、映画だけはとびきりの名作が次々生み出され娯楽の花形であり続けた。そうした当時の事情があったからこそ建物についても同様に時代を反映し、こうしたちょっとお洒落な映画館が出来上がったということであろうか。そう考えてなんとなく納得してしまいそうである。

 因みに1951年といえば、ご存じ黒澤明の「羅生門」(1950)がヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞した年であり、あるいは小津安二郎の「麦秋」が公開された年であった。
 そんなことを頭の中で巡らせつつ、建物の写真も撮り終えたし、さっそくシートに身を沈め銀幕の別世界へ向かうとする。

  



 
| 1950年− | 17:25 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
今年も、勉強させていただきたいと思います

私、映画は見ないのですが、映画館の建物が興味があります

今は、そうでもないかもしれませんが
娯楽の中心であった時代の、先端的なデザインには惹かれます。
名古屋には大須という「浅草」みたいなところがありますが
昭和13年ころ映画館劇場が20館ほどあり、モダンなものから和風までいろいろありました
| 寺西 | 2014/02/09 7:10 AM |
コメントありがとうございます。名古屋の歓楽街は歴史も古くにぎわっていたようですね。次回名古屋の映画館をとりあげてみたいと思います。
| Kikuchi | 2014/02/13 9:22 PM |
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