収蔵庫・壱號館

日本の20世紀をメインとした建築画像の保管庫
<< 館林探訪(その2) | main | 三岸アトリエ >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |
東郷神社境内の、とある狛犬(?)

 町を飾るパブリックアートのあり方は色々、あまり限定しないようにと考えている。今回このカテゴリーで取り上げたモニュメントは一風変わった「狛犬」、と言うか獅子像(ここでは以下、仮に「狛犬」と称した)。神社の境内で見かける伝統的な狛犬とは異なり、どちらかと言えば近代的な彫刻の方向に振れたような姿がとても気になるのである。

 東京原宿の東郷神社の境内に鎮座しているこれらの像は計2対で4体。うち1対は第二次大戦における潜水艦乗組員の慰霊碑(昭和33年建立)の脇を固めるように配置されている。ただし東郷神社本殿参詣の道筋にはちゃんと「正当な」別の狛犬が置かれているので、ここで取り上げた狛犬はこの神社を護るために作られた狛犬ではないことを、まずおことわりせなばなるまい。

     
 そう言うのも、実はこれらのの狛犬には以下のようないきさつがあるからである。まずはっきりさせておかねばならないことは、元々別の地に鎮座していたということ。
 1921(大正10)年、彫刻家新海(しんかい)竹太郎(1868−1927)により《有栖川宮威仁親王像》が東京築地の海軍大学校の敷地(現在の国立がんセンターの辺り)に作られた。その後、関東大震災を蒙ったことから1928(昭和3)年、伊東忠太の設計による新たな台座に載せられたのだが、その台座の四隅を固めていたのがこれらの狛犬なのであった。

 戦後の1984(昭和59)年、《有栖川宮威仁親王像》本体は福島県の「天鏡閣」に移設された。そこは有栖川宮威仁親王の別邸であり、自らの家にご帰還されたことになろう。そして台座に残された狛犬については、いつどのような経緯を経たのかは明らかにされていないが、ここ東郷神社で海軍と所縁の深い碑の前に落ち着くことになったのである。

     

 いかめしい表情の獅子像は4体とも同じ作りで、直線や面に還元された独特の造形は西洋近代のキュビズム作品的な趣きを感じさせている。しかし直線に込められた勢いや鋭さにより、本体を守護するための日本の狛犬本来が持つ一種の威嚇的な雰囲気を生じさせているようでもある。こうした西洋と日本が奇妙に入り混じったモノに覚える違和感は、私にとっては昭和10年代の日本瓦の載ったいわゆる帝冠様式の建築を見たときの感覚に近いかもしれない。

 それでは、この狛犬をデザインした作者はいったい誰なのだろうか。
 まず、署名らしきものは無いかと観察したが見当たらなかった。その上で、台座を設計した建築家伊東忠太の作品集を見てみると図面(↓)と写真が載っていて、小さくではあるが狛犬までしっかり書き込まれていた。階段を上がったところに狛犬が配置されている。この他、新海竹太郎の彫刻作品を扱った文献にも狛犬がはっきり写っている写真が掲載されていた。


               
 伊東は築地本願寺など自ら設計した建築など狛犬までデザインすることが多い。中でも新潟の弥彦神社の場合は狛犬のデザインを、新海竹太郎(原型)伊東忠太(匠案)両名のコラボレーションという形で実施している。新海と伊東のコンビはこの《有栖川宮威仁親王像》の場合とも似ている。そう考えれば、ここでも伊東忠太のデザインに沿って彫刻家が作りあげた可能性もあり得なくはなさそうだ。ちなみに背筋を伸ばし胸を突きだした姿の狛犬は伊東忠太のものによく見られる。

 ただ問題は、直線や平面に還元するような造形手法をとることがあるのか・・・ここからは全くの想像なのだが、伊東や新海の作風とはちょっと違う気がするので下の世代の若いスタッフが関わったのなのだろうか?
 推測は色々、楽しい想像もこの辺までとしておこう。




     


     



 
| パブリックアート | 20:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 20:29 | - | - | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://20thkenchiku.jugem.jp/trackback/397
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
叢書・近代日本のデザイン 25 [大正篇]
叢書・近代日本のデザイン 25 [大正篇] (JUGEMレビュー »)
分離派建築会,関西分離派建築会
「分離派建築会」作品集3刊の、初の復刻本が刊行されました。末尾の解説文は私が担当しました。
収蔵庫・壱號館
ここは本家サイト《分離派建築博物館》背 後の画像収蔵庫という位置づけです。 上記サイトで扱う1920年代以外の建物、随 時撮り歩いた建築写真をどんどん載せつつ マニアックなアプローチで迫ります。歴史 レポートコピペ用には全く不向き要注意。 あるいは、日々住宅設計に勤しむサラリー マン設計士の雑念の堆積物とも。
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
モバイル
qrcode
LINKS
PROFILE