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川崎市体育館
   
1956年,神奈川県川崎市川崎区,川崎市建設部建築課(原壽幸),現存(撮影:2014年)


 昭和期を中心に数多くの試合が行われたプロレスや女子プロレスのメッカ、川崎市体育館である。
 テレビ中継でつとに知られた建物は、行ってみれば期待にたがわずモダニズムによる外観で、これぞ昭和のシンボルといった風情を感じた。しかしそのようなオジサン世代の郷愁をよそに、無情にも建物は本年末をもって閉館、取り壊されたのち新たな建物に生まれ変わることになっている。
     
 1955(昭和30)年の神奈川国体開催に合わせて建設された建物は、計画段階から2000人の大規模な客席と舞台、映写装置を備えるなど多目的な内容とされ、当初は「市民会館」として開館した。恐らくそうした意欲的な施設内容がプロレス興行などでも頻繁に使われる一要因となったのではないかと察せられる。

 また個人利用が可能であるなど市民に開放された体育館として愛され続けており、そんな単なる箱モノを超えた面があるからなのか、建て替えを惜しむ声を予想してか、下記のHPに素敵なアーカイブスの動画がアップされていた。特に設計者へのインタビューは貴重で興味深い。

    川崎市民ニュース ・・・「川崎市施設映像―体育館」(YOUTUBE)


     
 動画の中で、設計した原壽幸氏は2つの点で工夫したことを語っておられる。
 第一は床である。体育館にとって特に大切な床が湿気で傷むのを防ぐため、床下空間を強制換気し床面にアスファルト防水を行ったとのことである。当時としてはなかなかここまで至れり尽くせりの仕様とすることは少なかったのであろう。
 第二点目は屋根である。大空間を覆う屋根の構造について、設計者が戦時中に宇都宮航空隊に所属していた折に見た飛行機の格納庫を思い出し、「ダイヤモンドトラス」という構造を取り入れることを思いついた。そして事前に木製の美しいダイヤモンドトラスの実例を見た上で、体育館の屋根を鉄骨によるダイヤモンドトラスとすることを決めたとのことである。

 「ダイヤモンドトラス」とは巴組鐵鋼所(現・蠻奪魁璽櫂譟璽轡腑鵝砲量釼薫賚困戦前に開発した立体トラスの鉄骨架構で、独特の美しい構造を持ち、戦前に建てられた建物の現存例では、「東京書籍印刷工場」(1936)のようにDocomomo Japan選定の建物もある。

 内部の天井を撮影しようとしたのだが、残念ながら真っ暗であった。

     

  動画には下図のようにダイヤモンドトラスの様子がはっきり映っていた(下図)。
       
        
               

 飾り気もなく清々しいばかりの昭和のモダニズムの建物がまたひとつ、表舞台から消え去ろうとしている。
 


 
| 1950年− | 19:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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