収蔵庫・壱號館

日本の20世紀をメインとした建築画像の保管庫
<< 日本不燃建築研究所による防火建築帯2題(大宮,亀戸) | main | 旧第一金庫本店 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |
軍需生産美術推進隊による像、2点
 福島県いわき市は私が小学校高学年から高校卒業まで暮らした地として思い出深く、実家もそこにある。ただ暮らしていたあの当時、既に常磐炭鉱については既に操業を終え、櫓の廃墟が遠くの山にかすんで見えたかすかな記憶が残る程度なのである。

 さて炭鉱が繁栄した往時の名残りとして、戦時中に戦意高揚を目的として制作されたセメント彫像が2点もいわきに現存しているということを数年前に知り、やっとこの正月の帰省の折に訪れることができた。全国で11か所中9点がレプリカ含めて残っているらしく、そのうちの2点が現存ということはまあまあたいしたものだ。

 それにセメントを用いた彫刻作品というのも、金属を使用することが不可能な時代を象徴する貴重な芸術作品の事例と言えるのではないか(尤も戦時中とは関係なくセメントを素材とした彫刻作品も生み出されたのも事実ではあるが)。
 建築の分野ではセメント、コンクリートの使用は近代を象徴する素材として扱われるが、その素材が他の意味をまとうのも興味深いところである。

         

 訪れたのはいずれも昭和19年4月に結成された「軍需生産美術推進隊」という美術作家らの共同制作による作品であった。しかし当時のこと、モデルの炭鉱夫は戦力エネルギーを担う「産業戦士」であり、そのイメージを作り戦意を鼓舞する人も芸術家ではなく「推進隊」つまり戦士でなければならなかった。国家総動員の時代は誰もが戦争参加者でなければならなかったことを示す、そうした歴史の傷跡を今日に伝えている点も見逃すわけにはいかない。
 前置きが長くなってしまった。


■《産業戦士の像(進発)》(いわき市好間町、旧好間炭礦蠧癲(上画像も同じ))

         


         


          

 「彫塑部隊」は圓鍔勝三、木下繁、中村直人、長沼孝、峰孝の5人であった(*1)。戦後を担う彫刻家ばかりである。

         

         


 この像のある旧好間炭礦は常磐炭田の中でも好間炭礦は専用の鉄道を持ち、現在でも鉄橋の遺構が残っている。そして大正4年から古河鉱業の所有となったそうである(*1)。
 その名残りとして「古河」の文字を刻んだ親柱がぽつんと立っていた(▲)。現在も付近には古河の名を冠した工場がいくつもある。

         

トロッコの鉄道を跨ぐ橋(▲)の先の管理事務所の前(「着到」と呼ばれた(*2))にこの像は立っていた。

         

 周囲の茫洋とした周辺の光景に言葉も無い(▲)。



■《坑夫の像》(いわき市常磐湯本町、いわき市石炭化石館)

         

         

 1984年に開館した常磐炭田と恐竜の化石の博物館「いわき市石炭・化石館」の入口脇にこの像は鎮座する。石炭化石館のある地はもともと常磐炭礦蠅旅8をはじめとした諸施設が密集していた場所であった(*3)。
 台座の裏面(▼)には文字が刻まれていた。

             彫像寄贈製作者
              軍需生産美術推進隊
               中川為延
               林是
               野々村一男
               中野四郎
               清水多嘉示
               古賀忠雄

             昭和19年10月18日

         



                 ****

 これら2点の像は芸術家達が渾身の力を込めて才能を発揮した作品であろうことは間違いないが、国策がきっかけとなって生まれた作品でもある。いわば国粋主義の果てに位置する作品ということになろうか。しかしもしも仮に、何も知らずに見せられた私が共産主義のプロパガンダを目的とした像と言われたとしたらどうであろうか。たぶん何も迷うことなくそう思ってしまったかもしれない。右であろうと左であろうと、対極にある体制を表わすのにモチーフにそう大きな違いはないということか。

 戦時国粋主義は破滅に至り、共産主義国家も今や消えゆく過程にある。さて芸術作品について言えば、そこにまとわりついた制度的背景は廃れようとも、芸術家の純粋な才能の精華だけは真実として消え失せることなく人を感動させ続けるのかもしれない。そうした部分があるからこそ、全国に点在する推進隊のセメント彫刻は生き続けているのではないだろうか。
 


*1:《旧好間炭礦蝓→古河好間炭礦)における炭鉱鉄道などの遺構(小宅幸一)》(PDF)による
*2:ブログ《なごみ亭「いわき市好間町 〜古河好間炭鉱の産業遺産群を中心にして〜」》による
*3:《炭鉱産業遺産関連施設(大谷明)》(PDF)による



 
| パブリックアート | 19:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 19:51 | - | - | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://20thkenchiku.jugem.jp/trackback/414
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
叢書・近代日本のデザイン 25 [大正篇]
叢書・近代日本のデザイン 25 [大正篇] (JUGEMレビュー »)
分離派建築会,関西分離派建築会
「分離派建築会」作品集3刊の、初の復刻本が刊行されました。末尾の解説文は私が担当しました。
収蔵庫・壱號館
ここは本家サイト《分離派建築博物館》背 後の画像収蔵庫という位置づけです。 上記サイトで扱う1920年代以外の建物、随 時撮り歩いた建築写真をどんどん載せつつ マニアックなアプローチで迫ります。歴史 レポートコピペ用には全く不向き要注意。 あるいは、日々住宅設計に勤しむサラリー マン設計士の雑念の堆積物とも。
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
モバイル
qrcode
LINKS
PROFILE