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星薬科大学(旧・星商業学校)

           

1924年,東京都,A・レーモンド,現存(撮影:2016年)

 

今年の春、アントニン・レーモンドの初期の名作である星薬科大(旧星商業学校)の見学会が行われた。壮観な大講堂など高密度の素晴らしい空間を体験することができた。(今回、建物の良さを積極的に知らせてよいとの大学側のご説明があったことから、内部の画像をこうして掲載した。)

 

レーモンドについては既に多くの方がご存じのように、F.L.ライトの下で帝国ホテルの建設のために1919年に来日、そのまま日本に残って独立し事務所を開設し作品を発表し続けた。そして戦時中を除いて長年日本に滞在し、近代建築普及の始祖的な役割を担った建築家である。


この建物がまさしくそうであるように、レーモンドの初期の作品には師匠ライトの個性的な作風の影響から抜け出せない苦悩の跡が残っている。正面のデザインはライト風、裏側の立面は故郷チェコで流行ったキュビズムの作風(▼)となるなど、統一されず二面性を持ったデザインとなっている辺りである。

 

        

 

圧倒的な講堂内部の空間(▼)。全体を貫く主たるモチーフは明らか、星の輝き,光の放射を幾何学化にした空間の造形。

昨今、東京女子大などレーモンドの傑作が失われていく中において、このように完全な形で初期の作品に出会えた幸せをつくづく感じ、奇跡のようでさえある。近代性を指向しつつ19世紀の西欧の香りを漂わせる数少ないホールが大切に使われていることも喜ばしい。

 

        

 

        

 

        

 

    

 

上下移動はすべてスロープによる(▼)。下は正面入り口のホール。広い面積を必要とするスロープが空間の性格を決定している。と言うかスロープ空間がホールそのものと言っても過言ではない状況。(後のコルビュジエの空間との接近は、知らず知らずのことながら、この頃から始まっていたということだろうか・・・)

 

             

 

スロープの途中はギャラリーの如く絵画も飾られている。
日本の神話を思わせるので調べてみると、推古時代の薬草や鹿の角などの採集風景をを描いたものとのこと、馬込文士村の画家数人によって昭和18年に完成したと知る。 (詳しくはこちら)

 

     

 

まさに校舎建築のシンボル性を遺憾なく発揮したのお手本であるばかりでなく、日本の近代建築の重要な証し。末永く維持されるよう祈りつつ、建物を後にした。

 

 

             

 

 

 

 

 

 

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