収蔵庫・壱號館

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旧マミ会館(マミフラワーデザインスクール)

       

    (1968年,東京都,岡本太郎,非現存(2002年建替え済)

 

 この冒頭の画像(▲)は現在のマミ会館(マミフラワーデザインスクール)のショップで頂いた、旧建物の写真絵葉書の画像である。
 実は私が学生の頃、2年ばかりこの近くに住んでいたので大森駅に出る時はいつも旧マミ会館の前を通り過ぎていた。大森駅の線路を挟んだ反対側からも高台にツノ状のものが聳えるのが見えた。だがなぜか写真の1枚も撮ることをせず、最近になって建物のことを思い出して気になりだしたのだが後の祭り、既に取り壊され道を挟んだ場所に建て替えられたということで悔しい思いをした。
 そしてつい最近大森に寄ったので、建て替えられた建物内にあるショップの女性にそうしたことを話し記憶のよすがを求めたところ、私に旧建物の少し古くなったという絵葉書をくれた。懐かしい画像を前に心の中で密かに狂喜乱舞した、そしてここに載せた、というわけである。

 

 以下の画像3点(▼)は、その時撮った建替え後の現在の建物の様子である。穏健な普通の建物ではあるが、旧建物の青いタイルが再利用されているとのこと、それに置いてあった岡本太郎の「座ることを拒絶する椅子」など、恐らく以前からと思しきものも見受けられた。
 

 

 

 

         

 

 さて、私はなぜ最近になってなぜ旧建物に惹きつけられ、心躍る思いをしたのだろうか。
 まずは岡本太郎唯一の居住機能を持つ建築作品と知って、その貴重な記録欲しさが昂じたということだろうか。

 それから「座ることを拒絶する椅子」と同様、建築物に対する安易な既成概念を打ちのめすほどのもの、建築であることへの異議を呼び起す何ものかを敢えて作り出し露呈させる(これが岡本の「対極主義」か)姿勢が見て取られるからであった。しかも雄々しく聳えるツノ状の物質やフニャフニャした物質などからは原始的な叫びが聞こえそうなほどである。

 ただこうした岡本流「反建築」を突き付けられてはいるのだが、私個人としては、それが独自の要素を独自の統辞法で構成しているように見えてしまうところが特に興味深い。(岡本の挑発的意図に反して)つまり正直に言ってしまえば妙に「建築的」な感じがする。例えば、いたずらに奇をてらっただけの一時期のポストモダン建築と比べるならば、時期的に先行しつつかつ、確かに同列にできない何かが備わっている(と、最近思うようになった)。
 因みに、私がこうした感覚を覚える作品として、建築ではないが「岡本かの子文学碑「誇り」」(1962,台座設計:丹下健三)(▼)があるので再掲したい。(こう言われるのを岡本は嫌うのだろうが)妙に上手いと思う。

 

        

 

 

 

| 1960年− | 19:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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