収蔵庫・壱號館

日本の20世紀をメインとした建築画像の保管庫
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名護市庁舎
      
1981年,沖縄県名護市,象設計集団+アトリエモビル,現存(撮影:2002年)

 これらは社員旅行で沖縄に行った際の写真。バカンス気分の同僚らを無理やり建築見学に誘ったのだが、デザインの良さと居心地の良さが相俟っていて、皆まんざらでもなく上機嫌で記念撮影。(右の赤シャツが私)
 行ってみて体感してはじめてわかる空間。とてもこれが役所という気がしない。風通しの良い、コンクリート製の「木漏れ日だけで出来たような場」が連綿と続く。象設計集団が沖縄の地域性から独自に再構築してコンペで提案した「アサギテラス」である。日射を調整する穴あきブロックの巧みなデザインも絡んでいて、どこまでが内部でどこからが外なのか境界はぼやかされて分かりにくい。というより、こういうことを気にしてはいけない。


 1970年代以降であろう。日本の建築にってのある転機、それは決して後ろ向きな高度成長期の反動ばかりではなく、地域に根をおろしそこで連綿と培われたものを肌で感じながら、人間と空間のつながりを求める姿勢が胎動した。中でも象設計集団は、彼らの師である吉阪隆正(コルビュジェのもとで働き、地球を棲家とした探検家・登山家でもある建築家)の強い影響がある。
 その系譜を遡ると、バラック装飾社を立ち上げ考現学を編み出した今和次郎にまで行き着くようだ。


                

                 

                 




| 1980年− | 17:26 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
 神戸での「呑みダチ」のちょっと年上の夫婦の奥さんのほうがアトリエモビルの元スタッフです(平成になってからの在籍ですが)。
 今帰仁公民館のワークショップの面倒を見るために、その奥さんは当時から沖縄に通っておられて、モビルを離れて神戸に移っても、旦那も同好のためますます琉球通いが年中行事化しておりました。
 その奥さんは、ついに先日、週末だけの沖縄おでんの店を神戸・水道筋にオープンさせてしまいました。
 
 余談が長くなりましたが、名護市役所のことは、今帰仁公民館とともに、その奥さんから話を聞いて以来、ずーっと気になっている建物です。
 
| フランキー中尾 | 2008/07/03 10:18 PM |
フランキー中尾様、コメントありがとうございます。
残念なことに、私は今帰仁公民館には行けなかったのですが、こちらの方が象集団+アトリエモビルの姿勢がストレートに表されているとも聞き及びますね。
沖縄旅行の時は、私はなぜか「亀甲墓」に俄然惹かれていました。

そうだ、建った時に見に行ったきりの宮代町の「進修館」のぶどうの蔦はずいぶん伸びただろうな・・。行って見たくなりました。(近場なのに、灯台下暗しだった)
| Kikuchi | 2008/07/05 10:03 AM |
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