収蔵庫・壱號館

日本の20世紀をメインとした建築画像の保管庫
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東京市街線高架橋(大手町付近)

1910〜1919(?)年,東京都千代田区,鉄道局,現存(撮影:2008年)

 赤煉瓦による建築が貴重な存在となって久しい中、私達の足元で現役で活躍している建造物もある。足元だけでなく、F・バルツァーが関与したとされる有楽町から新橋にかけての重厚な煉瓦造高架下の空間は、レトロムードを漂わせる飲食店でにぎわっている。その起点の辰野金吾設計の東京駅は復元工事が進行中である。
 右の写真は、「逓信省の建築」(S8.張菅雄著)に掲載された逓信省仮庁舎の写真。
 明治40年に焼失した逓信本省庁舎を再建するまでの間、開通前の高架橋を鉄道局から借り受けて、木造ハーフティンバー付きの建屋をわずか40日の工事期間で付け足して、明治41年に竣工したことが本に記されている。こうした、とんでもないようなアイデアは、過去に帝国議会仮議事堂の再建を60日で達成した実績で名を馳せた逓信省技師吉井茂則によるもの。(これと並行して本庁舎再建も、同氏と内田四郎によって銀座木挽町の地に進められた。)
 この高架橋仮庁舎の位置は、「(後の)鉄道省のある所即ち東京市麹町区銭瓶町」と書かれているので、現在で言う丸の内オアゾから大手町2丁目にかけての高架と考えられる。
 現在では、この付近の煉瓦を用いた高架橋は切れ切れの状態だが、少なくとも明治41年(1908年)時点でアーチが姿を現した、生まれたての状態だったことが判る。
| 1910年− | 22:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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