収蔵庫・壱號館

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理化学研究所駒込分室(旧・理研43号館)

1940年,東京都文京区,土浦亀城,非現存(撮影:2008年)

 現在「文京グリーンコート」のあるブロックは、かつては1917年設立の理化学研究所の建物群で占められていた。最先端科学の頭脳がここに結集していたと言っても過言ではない。物理学の分野では仁科芳雄の研究室から湯川秀樹らが輩出されるなど、逸話は枚挙に暇がない。また、仁科博士渾身の作のサイクロトロンもこの一画にあったが、GHQの手によって破壊され東京湾に投棄されてしまったという残念な話も残る。
 終戦後、理研も財閥解体の対象となり組織としての紆余曲折を経ながらも発展を続けているが、発祥の地の駒込には1919年に建てられた旧23号館(現・日本アイソトープ協会)、旧37号館、そしてこの旧43号館の3棟の建物が残されている。理研の初期の建物の設計者として北村耕造の名が見られるが、この建物に関する限り土浦亀城の名が挙がる。建物から窺えるモダニズム感覚と、当初は円筒部にガラスブロックを大胆にあしらっていたことなどからすれば、やはり実際の設計は土浦が行っていたように思えてくる。

→旧43号館は、大河内正敏元所長の還暦を祝う記念館として建てられた。また、SD8807掲載の土浦亀城自身による設計経歴に理研大河内研究室(S13)あるいは理研計器株式会社(S14)とあるので、これらとの関連が考えられる。(080821付記)
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