葛飾区庁舎
1962年,東京都葛飾区,佐藤武夫,現存(撮影:2012年)
◆1960年代の公共建築(4)
葛飾区庁舎の大きな特徴は、地上階のほとんどがピロティとなっているところであろう。それは過去に何度となく被害を蒙った経験による、河川の氾濫による浸水対策のためであり、もし仮に江戸川や中川が決壊したとしてもピロティ部分までで浸水がくいとめられるように計画されたのである。普段はピロティを駐車場などとして利用されるように計画されたが、それは現在も変わっていない。また屋上には非常用のヘリポートが設けられていた。
ちなみに防災に対する配慮を第一に考えたこの庁舎について、浜口隆一は解説文(*1)のタイトルを「洪水に浮かぶ区民のための砦」とし、中世の都市を引き合いに出しながら解説した。
ところで荒川,中川,江戸川に囲まれたこの一帯は、かつて1947年のカスリーン台風により大きな被害を受けていた。私はそうした河川の氾濫は遠い過去のものと思っていたが、調べてみたらそれは間違いであることが分かった。もしもカスリーン台風と同規模の台風に襲われさらに堤防が決壊した場合、今日でも相当な被害を受け大変な被害額になるという試算があるようだ。つまり佐藤武夫の事務所による計画上の配慮は、竣工して50年を超えた今日でも有効であったということが言えるかもしれない。
*
現在の庁舎の姿を竣工時の写真と見比べてみたところ、増築や改装を経て竣工時の雰囲気がかなり薄らいでしまったことがわかる。顕著な変化の筆頭は、まずかつての中庭に高層棟が増築されたことであろう。
下の写真にある正面のアプローチ階段も、後になって取り付けられたものであった。当初はこの正面前庭部分には階段ではなく池と塔があり、スクリーンのような穴あきPC材による外壁と相俟っていかにも佐藤武夫の建築らしい独特の雰囲気があった。外壁はRC打ち放しであり、バルコニーの手すりも現在のような金属製ではなく当初はRCで建物と一体化した造形がなされていた。
今でも竣工時の雰囲気を彷彿とさせるのは、議事堂の玄関の煉瓦の透かし積みであろうか。
*
ここには区庁舎だけでなく都の出先機関などの施設もある。それぞれの建物が異なった趣きを持ち、ひとつの敷地の中で建築群としての造形の工夫がなされたことがわかる。例えば下の写真のような円形の建物は清掃車車庫である。また勾配屋根を持ち瀟洒な木造の邸宅に見える建物(さらに下の写真)は、郵便局であった。
*1:『新建築』1962年11月号
京成立石北口界隈
葛飾区庁舎への道すがら、京成立石駅北口には昭和の雰囲気を湛えた店も多く、どこか懐かしい感じがした。変に観光化された感じも無い。そしてひときわレトロ感が濃厚なのは「呑んべ横丁」の看板のある飲み屋街。2階建ての建屋の間に屋根が掛け渡されたアーケード街である。狭い路地状の通りから上方を見上げるならば、まるではるか天上の世界から一条の光明が地の底にいる自分に向けて差し込んだ、そんな感覚におそわれる。夜はまた異なった趣きなのだろう。
ここはネット上では有名らしく、驚いたことに最初から飲み屋街だったわけではないらしい。調べてみると、昭和29年に建てられた日用品店や食堂が軒を連ねた商店街であり、「立石デパート」と呼ばれていた。それがいつしか飲み屋街に変貌したのだそうである。「紳士服 アカカンバン」と読めるペンキ看板が商店街当時の名残りとして残っていた(右の写真)。
アーケードのある通りは二筋あって、そのひとつの端部が下の写真である。
こうした立石のたたずまいは現代の無機質的風情の都市に圧されるように、ひっそりと息を殺しながら生きながらえているような感じを受けた。案の定再開発が予定されているらしく、この稀有な空間が存続し続ける時間もそう長くないらしい。
**
下の2枚の写真は、同じ立石北口でもまた別の一画。どうやらかつて赤線であったと伝わるエリア。もちろん今では普通の小料理屋やスナックが軒を連ねている。家の造りを見ると、普通の古い住宅にしては洒落っ気のある造作を施した跡がちらほら見られたりするので、そこにかつての風情が偲ばれる。狭い通りを見るにつけ、建てられたのは終戦後ながら江戸からの路地空間を彷彿とさせるような小ぢんまりとしたスケール感を感じる。やはり今や貴重なたたずまいなのであろう。
旧・東京国際郵便局
1968年,東京都千代田区,郵政省(武田礼仁),現存(撮影:2010年)
◆1960年代の公共建築(3)
逓信ビル(逓信総合博物館)、既になき東京郵政局、これらは戦後の郵政建築に道筋を与えた小坂秀雄の設計であった。そして東京国際郵便局が加わって「庇の建築」群は大手町の街並みに統一感と品格を与えていた。しかしこれまで親しんだこの風景を眺められる時間も、再開発の進行により残り僅かとなったようだ。
そんな折、以前から気になっていた東京国際郵便局の設計担当者について調べてみたところ、『郵政建築 逓信からの軌跡』(*1)の観音克平氏(元郵政省建築部)による解説の中に答えをみつけることができた。
この建物は郵政省建築部の武田礼仁氏の設計によるとのこと。武田氏は他に松山郵政局(1967年)を設計し、また1968(昭和43)年に設計課長となった際には、既に定着していた「庇の建築」路線の踏襲を表明したとある。また1973年から建築部長に就かれたとの記載が年表にある。そして東京国際郵便局について「武田の最高傑作」であり「ここには彼の郵政スタイルにかける執念すら感じられる」と、解説の中で観音氏は称賛の言葉を惜しまないのだった。
*
さて、もうひとつ気になることがある。それはトレードマークの如く普及した各階全周庇の「庇の建築」の郵政局舎がどのようないきさつで生まれたのだろうか、ということである。その疑問についても上述の著書『郵政建築』は答えてくれているので、以下にごく簡単に要点を拾っておきたい。
終戦後、郵便事業は逓信省の分割により組織された郵政省で取り扱われるようになり、郵政局舎も近代合理主義建築を基本とした標準デザインで統一する方向で模索が行われた。その最初の試みは実は郵政関連の建物ではなく、小坂秀雄氏による外務省庁舎のコンペ案がモデルの役割を果たしたのだった。これは建物各階全周に庇が巡らされた建物である。庇の建築の源流は恐らく吉田鉄郎による大阪中央郵便局にまで遡ると考えられ、外務省の設計において吉田鉄郎もアドバイザーとして加わり、柱と梁が明確な真壁の建物となって実現した。
この各階・全周に庇が取りついた局舎は、昭和30年前後から全国いたるところに続々と建てられ、郵政局舎の基本スタイルとして定着した。そこには小坂秀雄をはじめとする歴代建築部長の指導体制があったからとも言われ、庇の建築の適否を論ずることさえタブーという時代もあったそうである。当時の建築部長のひとりである薬師寺厚氏は論文で庇の効用を考察し、(空調が整わぬ時代に有効だった)「日射の遮蔽」、「雨天時の風雨からの外壁・サッシュの保護」、「火災時の上層への延焼防止」といった内容を挙げ、庇の建築のメリットを訴えた。
しかし徐々に郵政建築のマンネリ化に対する批判、あるいは個性的な建築の復権の声もささやかれ始める。昭和30年代末以降には敷地の高度利用、機械空調の導入、階高が高く工場のように機械化された集中処理局の誕生など、建築をとりまく条件の変化は場所をとる庇を作る必然性を次第に失わせていった。また設計者集団の世代交代も当然ながら新たな考え方を生んだ。
そんな中で一旦定着したスタイルが一朝一夕で変わったわけでもない。上述したように武田礼仁氏が庇の建築の踏襲を選択し、その完成度を高め東京国際郵便局に結実させたのは、こうした時期のことであった。
そして郵政局舎のデザインが多様化をみせ始めるのは昭和45年ごろ以降であったことが、年表に記されている。地域色を打ち出した郵便局舎など、多様で自由な設計へと向かった。
*
さて、改めていくつかの庇の局舎の写真を参考までに下に挙げてみた。卑近な話だが職場の近くにも昔は郵便局だったという庇の深い建物がある(右下)。ごく身近なところにまで庇の建物が及んだ好例か。その他、芝郵便局(1965年)や川崎中央郵便局は確かに郵便局だと一目で分かるし、見ているだけでも美しい。
逓信省の時代の昔から、「標準設計」という誰にでもわかりやすくかつ親しまれる局舎を目指して脈々と模索が続けられてきた伝統がある。そうした中で生み出された旧郵政の「庇の建築」も、恐らくその代表的な事例のひとつと言えるのではないだろうか。
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(参考)庇の局舎いろいろ
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*1:『郵政建築 逓信からの軌跡』(監修:日本郵政株式会社,監修協力:鈴木博之,発行:建築画報社,2008)
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- ここは本家サイト《分離派建築博物館》背 後の画像収蔵庫という位置づけです。 上記サイトで扱う1920年代以外の建物、随 時撮り歩いた建築写真をどんどん載せつつ マニアックなアプローチで迫ります。歴史 レポートコピペ用には全く不向き要注意。 あるいは、日々住宅設計に勤しむサラリー マン設計士の雑念の堆積物とも。
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