2014.03.29 Saturday
足利市庁舎別館
1953年,栃木県足利市,石本喜久治(石本建築事務所),現存(撮影:2014年)
私も属する某近代建築愛好会の会員の中で、Oさんは飛びぬけて多くの建物を巡り歩いておられる。先日もフェイスブックに足利市庁舎別館の画像をUPされていたのを拝見した。そして驚いた。
石本事務所のHPにはちょっと新古典的な外観が一面だけ掲載されており、どちらかといえばおとなしい外観だなと思う位であった。しかし実際のところ、敷地が角地にあることが原因しているせいなのか、それぞれ異なる表情に分節された表側ファサードの各立面が一挙に見渡せるので、一望すると上の画像のようにむしろそのハイブリッドさが強く印象付けられる。まるで時代を間違えて出現したポストモダニズム建築のようにも見えて、正直頭がくらくらする思いだ。
そんなわけで驚いた私は早速休日を利用して建物を訪れた。余談だが足利は歴史のある見どころの多い町であった。
足利市庁舎別館は設計した石本事務所にとって、戦後の建築として記念碑的な意味合いがあると見える。つまり戦後に組織事務所として再スタートを切る途上にあって、庁舎建築を手広く手を染めるようになるきっかけになった建物のようなのである。
次のようなエピソードが伝わる。足利市は庁舎の設計者選定にあたってまず建設省営繕局局長川合貞夫に相談した。川合は石本事務所のOBであったので、勿論石本事務所を訪ねるよう勧めた。そこで当時石本喜久治の片腕的な存在の長野八三二専務が、よそを廻らせることなく設計委託を取り付けたのだそうである。因みに長野は後に石本建築事務所の社長を務めた人物。長野と石本喜久治の最初の出会いは、石本が審査員を務める朝日新聞社主催の住宅コンペにおいて、参加した長野が入選を果たしたところから始まったという。
足利市庁舎別館の全面石貼りで新古典主義的なまた重厚な外観は、戦前のデザインを踏襲しているように感じられた。終戦後いきなり日本の建築デザインがモダニズムに転換したわけではないことを示している。外装石材は、ある人に聞いたら富国石などの擬石ではないかとのことであった。(石本喜久治は分離派建築を発端にモダニズムの建築を受容推進してきたことで知られるが、事務所は経営上様々な仕事を請け負う必要があったので、必ずしもモダンなものばかり設計できたわけではなかったようである。)
しかし戦前を引きずるこの建物以後は、特に長岡市庁舎など、シャープで軽快なモダニズムの建物がデザインされるようになった。
正面向かって左側のファサードには、林立する付け柱の間に小さなバルコニーがアクセントとして取り付けられている。この前々年に竣工した「工業繊維大阪支店」(1951)にも同様のものが見られる。
内部においては最上階の天井が目を惹く位であろうか。天井面に斜め格子のリブが巡らされている。石本が戦前から持ち合わせていた装飾感覚の、数少ない表れだろうか。
石本喜久治の建築作品は残存例が少ない。そんな中、石本存命中の建物であり関与の可能性が大きいであろうと考えられる建物がほぼそのまま残っていることは、喜ばしい限りである。築60年を超える庁舎が、しかも現役で使用されていることは素晴らしい。担当した所員が誰なのかについても、ちょっと気になる。
なにはともあれ、末永く使い続けられることを祈りたい。
2014.03.02 Sunday
旧・足利織物(現・トチセン)より サラン工場,捺染工場,汽罐室
サラン工場及び捺染工場:1913〜1919,汽罐室:1912〜1925(1941年増築),栃木県足利市,現存(撮影:2014年)
足利は古くからの織物の産地として知られる。織物産業が隆盛を続ける大正2(1913)年、赤煉瓦と鋸屋根が印象的な工場を持つ「足利織物株式会社」が設立された。後に企業名は「明治紡績株式会社」を経てさらに現在は「株式会社トチセン」となるが、営々と繊維関連商品の生産を続けている。
許可を頂き広大な構内を巡ってみると、歴史を感じさせる煉瓦造の建物や木造の建物で占められており、戦前期に造られた建物が多いのではないか(?)、という印象であった。
ちょうど構内のある一角で壁の塗り替えがされていた。当たり前のことのように手を入れつつ建物を大切に使おうとしている姿勢を見たような気がして(建替えが頻繁なご時世のせいだろうか)ちょっとした感銘を受けてしまうのだった。
今回、登録有形文化財に登録されている煉瓦造の3棟の建物をとりあげる。
・「サラン工場」 (上図及び下2枚):切妻屋根の長大な建物。石材でできた窓枠による窓が多数並ぶ。上段の窓は後に加えられたもの。(「文化財オンライン」の解説から要約))
登録有形文化財に登録されている煉瓦造の3棟の建物は産業遺産として貴重であることは言うまでもないが、ここで私が目を奪われたのは、敢えて消さずに残されたとされる戦時中の迷彩塗装であった。そういうわけで迷彩塗装のある壁の画像ばかりをクローズアップしてここに並べてしまったのだが、お許し頂きたい。特に汽罐室の外壁全面に施された激しい模様には唖然としてしまった。
外壁に迷彩塗装を施した当時のことを想像するならば、描いた人は恐らく意匠的に体裁を整えようなどという意識を持たずに、黒いペンキで一気に塗りたくったのであろう。だが刷毛のおもむくがままの筆致は、かえって潜在意識の奥に潜む戦争の不穏な感情を浮かび上がらせたようでもある。時として建物は設計意図とは別に、社会の流れにまみれて予想だにしないものに変質し、人々の脳裏に何かを刻みつけるようだ。それがほんの表層に描かれたものであっても。付け加えて言えば、この迷彩塗装を見た瞬間、関東大震災直後に「バラック装飾社」が描いたプリミティブな看板模様をふと思い起こしたのだった。
・「捺染工場」 (以下4枚):6連の鋸屋根が架かる長大な建物。煉瓦造の外壁と木造の軸組による。開口部のまぐさ石は1本の石で出来ている。(「文化財オンライン」の解説から要約))
・「汽罐室」 (以下5枚):切妻屋根を2連に架け、煉瓦の妻壁は切妻形と四角形の壁が連続して並ぶ。内部にランカシャーボイラーが2基設置されている。(「文化財オンライン」の解説から要約)ランカシャーボイラーとはかつて普及した炉筒が2本ある煉瓦造ボイラーということらしい。)
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- ここは本家サイト《分離派建築博物館》背 後の画像収蔵庫という位置づけです。 上記サイトで扱う1920年代以外の建物、随 時撮り歩いた建築写真をどんどん載せつつ マニアックなアプローチで迫ります。歴史 レポートコピペ用には全く不向き要注意。 あるいは、日々住宅設計に勤しむサラリー マン設計士の雑念の堆積物とも。
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